58年11月1日月次祭



今日、病院から帰りまして、お茶を頂きますが、今日栄四郎(エイシロウ)と繁雄(シゲオ)さんと3人で、お茶をいただいておりましたら、シゲオさんがおもむろに何かにこうして探し出しよんなさいます。なんだろうかと思うたら、みんな先生方が、私の部屋に、ここに下がって出てきます時に、やっぱりみんなにお茶を出します。お茶菓子にあれは二日市かどっかの、うー、大変美味しいもなかの、お茶菓子が出ました。それをあたくしが目が薄いからわかりませんけれども、一人一人の、もなかの包みである紙の中に、また、歌が書いて入れてございます。仙厓さんのお歌です。それを今朝から、シゲオさん、ずっと心にかかっておられたのでしょう。今日あたくしがいただいたこれなんですけれども、これは大体どういう意味のものでしょうかと。というて出されました。うー、それには仙厓さんの、あの独特のまー、お歌でございましたが、あれ、書いたのシゲオさん持っとる、エイシロウさんが控えとる、ちょっと読んでみてくれんね。読んでみてくれんね。『足ることを知ればこそあれ福の神。福を切ったら鯛はなくとも』意味がわかるでしょうか。もっぺん言わんの。『足ることを知ればこそあれ福の神。福を切ったら鯛はなくとも』。恵比寿さんのことをまーこんな風に書いておられるの、うー、お歌なんです。ね。足るを知るということ。ね、おかげを頂いておるという実感が、足るを知ると言うことだと思います。ね。その、いう生き方は、そのものが福の神だと。ね。たとえ鯛はなくともと、こう言うのです。恵比寿さんには鯛がつきものなんですから。鯛はなくても、ね。ほんととに信心もできませんのに、このようなおかげを頂いて、ほんとに勿体ないと言う気持ち。ね、それを頂いても頂いても、人間というのは、まーだ頂き足らんような思い方をするもんです。それであたくしはそれを聞きまして、そりゃシゲオさんあんたがお夢にお知れせを頂いた、それの続きですよと。それの答えですよと言うて、まー、しばらく二人でお話をしたことでございます。

お夢の中に、魚を取りに行ったら、大きな鯛を2枚、すくうた所を頂いたがどう言うことでしょうかと。これが2、3日前のシゲオさんのお夢です。そのお夢の続きが、今朝からいただいておられます仙厓さんのお歌ということのなります。ね、いつも天地のリズムということ、たとえばお菓子一つ食べるでも、お菓子の中に書いてある文句の中からでも、神様がそれこそ、おー、囁くように、または大音声に、ね、色々とご指導を下さったり、お知らせを下さったりするのです。ね、この天地のリズムをいつも聞き通しに聞いておられるような信心を頂きたい。それであたくしはそのお夢のことをついては、説明しなかったですけれども、今日初めて、それはこういうことですよというてお話をしたことです。鯛が2匹ということは、ここでは皆さんお知らせに鯛を頂くとおかげと、川のものを徳。鯉を頂くと徳とこう言う。いうならば、おかげを受けておる。しかも2枚ということは、重ね重ねのおかげをいただいておろうがのシゲオさん。あなた達が信心を始めて、あたくし先日、えー、エイシロウさんが、あのシゲオちゃま、今度まる少に、あんたと親先生の出会いをお話ししてくれんねと言うて頼まれましたが、あー、というお届けがございました。やーちょうど病院に行きがけでしたから、病院、と、おー、26年間の間、はー、信心はもっと長いですけれど、あたくしの指圧の御用をしてくださるようになって、26年になるそうです。ほーもう26年にもなる。その26年間という間、もうそれこそ降ろうが照ろうが、どういうような場合であっても、お参りと、毎日の朝のお初穂整理、そしてお昼までは私の御用をして、7時の御祈念をいただいて帰られる。これは田んぼの中を帰られる時に、やっぱり陰口をいろいろ言うたり、実際耳に入ってくることもあった。いうならばシゲオさんな、あーもう金光様にぼうけしもっちゃる。という人もありゃー、結構なっこっちゃあるたい、朝から背広どん着てから、ネクタイどんつってから、もうそりゃそうでしょう。他の御百姓さんにゃ、もう田んぼに出て一生懸命に働いておられる。そういう中に26年間、えー、の信心が貫かれた。あーだからそのいうならば、そのお話をさせていただいて、26年間の間には様々なことがあった。こりゃもう、普通ならこれで信心が止まるのじゃないかと心配されるほどしのいろんなこともあった。おかげも受けた。ね。けれどもそこを貫かれた。しかも有難く楽しゅう、だんだん歳を取るに従って、ありがとうなっていかれる様子をあたくしは、(まいにす?)感じます。今日そういうよな、あーもっと色々思い出されることを二人にお話ししたことですが、どんなに考えてもシゲオさんあなた方がおかげ頂いとるばいち。とてもお百姓さんにゃー、むかんような立派な御普請のおかげを頂いたり、たくさんの田んぼが増えていったり、しかもお家では、息子と息子の嫁と二人が、あー芯になってまー、お百姓ですから、あらゆる農業の機会が、え、購入される。自動車も自家用車まである。普通車がある。トラックがある。うん。どんなに考えてももうほんとにおかげ受けておりますよと。それでそれこそ鯛が2枚じゃないけど、限りないおかげをおかげというような信心から、いよいよ今日あんたが引き当てたそのお菓子の中の、仙厓さんの歌じゃないけれども、足ることを、ほんとにこのくらいの信心で、こんなおかげを頂いてという、おー思いをほんとに変えなければ勿体ない。これからがお得なんだ。いくらおかげを頂いても、それにお徳が伴うようなおかげを頂くには、ね、どういう場合であっても、それをありがたいで受けていけれる心が福の神なんだ。たとえ鯛はなくとも、たとえおかげは頂かなくっても、心のなかにそういう助かりを頂いていくということが信心なんだと、これは今日病院から帰ってシゲオさんと、エイシロウにお話ししたことでございます。

私は今日病院でお知らせをいただきましたが、竹輪を煮しめた、いわゆる赤黒くなるようにこいーお醤油で、ね、おに、煮付けにしてある。いわゆる竹輪の煮しめである。皆さんどういうことだと思いますか。今、シゲオさんのことをお話ししました。そのことの全てが、この竹輪を煮しめるという所から、続きもすりゃ、おかげも頂き、また続けてこられてきたわけでございます。煮しめるということは、いきしめるという意味にも通じましょう。あのー、伊勢海老をたとえば、伊勢なら伊勢から九州あたりまで送ってくるためには、海で取れた海老をすぐ送りよると、もうついた時には死んでしまう。そこで生きしめるということをするそうです。大きな箱にいっぱい伊勢海老を入れて、荒波の中に投げ込んで、荒波に揉まれて、ね、それに耐える力を海老に与える。そうして発送する。だから店頭でもごそごそ這うような、勢いのある海老が店頭に出すことができるという、生きしめるというんだそうです。ね。あたくしは今日そういうお知らせをいただいて、その竹輪の煮しめということを生きしめるな風に感じました。竹輪というのは、ね、竹の輪とこう思うてみてください。ね。竹と、まーそういう意味でシゲオさんなんかは、まー生来の素直さと、いうようなものを、まー天文ですねー、もっておられます。だからあの人は本当に仏様のような人、神様のような素直な人だというても、信心がなかったらダメです。あの人はちょっと人間がよかというぐうらいにしか言われません。またそれで幸せになるとも思われません。けれども、その神様にいただいておる、天、生来のものを、ね、信心によっていよいよ磨かれる。ね、いうなら竹輪の煮しめである。ねー。そこには、醤油で、それこそ煮詰めたような感じのお知らせでしたが、醤油はむらさきという。むらさきということは安心という。信心をさせて頂いてのおかげは、ね、いつも平生心でおれる。安心しておられる。むらさきのおかげが受けられる。それに信心の喜びが伴のうてくるというような信心を、あたくしは求めて、目指さなければならんと思います。鯛ばかりを目指してはダメです。ね。そして一年一年ありがとうなってくると教えられる、確かに自分の心の中に、ね、自分自身の心が拝めれるような、ありがたいことになってきたことぞと思われるようなおかげを、皆さん願っての信心。

もう先日、あたくしのところに、吉井の熊谷(クマガイ)さんと善導寺の原(ハラ)さんと一緒に、お見舞いにきてくださいました。帰られた後に家内が申します。クマガイのおばしゃまにハラのおばしゃまに、本当にもう、第一あのー、ふくよかになられた。もう本当に穏やかなお年寄り、年取っていかれてておられる。ありがたいことですねとこういうのです。もうほんなこてねーと。思うてみると、お二人ともやっぱり、ど根性もったお方ですけれども、それがだんだんだんだん、もうそれこそ30数年間、合楽に毎日日参のおかげを頂いて、今はもう、やんがて90でしょうか。クマガイさんは。ハラさんもやんがて80でしょう。ゆわーそりゃ共励会でもあるとちょっと、もう率先して熊本へんまでもお出になられる。もう信心がありがとうして楽しゅうしてという、のじゃなかろうか。ね。心が変わっていくのですから、いうならば人相も変わる。ね、そういうおかげ、とにかく、いうなら煮しめた上にも煮しめられる、様々なことがありもすりゃー、あってもきたけれど、それが全部信心の根肥しに、いよいよあたくしをありがたくしてくれる、素材になっておる。ね。そういう中に、我情が取れてくる。我欲が取れてくる。ね。(うえは?)わが身は神徳の中に生かされてある日日を、ね、目指しての信心。ね。仙厓さんのお歌ではないですけれど、ね、本当に我情我欲が取れて参りますと、勿体ないありがたい、恐れ多いという心がいよいよつのってまいります。この心こそ福神である。ね。たとえ鯛はなくても、喜べれる信心。

100年祭100年祭というておったが、100年祭も、合楽の秋の御大祭も終わりました。100年祭をきにどうでも、それこそ神も助かり氏子も立ち行くあいよかけよの世界。そういう世界に住まわせて頂こう。それにはお互いの一人一人が教祖様がお受けになられた立教神伝を、私ども一人一人の上に、頂いておるというような自覚をもって、ね、まー、シゲオさんのことをお話ししましたが、ね、どんな場合であっても、いうなら竹輪をいよいよ煮詰めていく。あーこれがいきしめられておるんだ。どんな中にでもお礼が言えれるような心。それはそのままがお徳だ、福神だと仙厓さんは言ってるわけです。ね。そういうおかげをん身につけていくということ、そしてその心で、神も助かり、いうなら神様のお心を心として、神の手にも足にもならせていただこうというようなおかげが、いうなら、私がいつも言う、ただ合楽、まー極楽の世界、そのもういっちょ向こうにある合楽の世界が開てくる。神様と合楽しあえる世界、ね、神様といつも交流しておる、それこそお茶をいただきながら、そのお茶菓子の中からでも、ね、実に行き届いたというか、前の日にはお夢でお知らせをくださって、そしてそのお歌の意味が、あのお夢の答えだぞと、もの言うておられるように思うでしょう。これがいつの場合でもどんな時でも、そういう一つのリズムに乗っての日常生活ですかね、はーありがたい、ね、そのありがたい、まー確かに信心すれば、金光大神の信心を、ね、歳を取れば取るほどありがとうなってくるという信心でなからなければなりません。もううちのおばあちゃんばかりは、本当にこんにゃく婆さんのごたるとか、うちの爺さんばかりは、もう頑固、年取っていくに従って、頑固になって、頑固爺になってしもうてというようなことではなくて、もう本当にありがたい。ね、一年一年ありがとうなっていく信心を、日日自分の心の中に確かめながら、ね、いよいよ金光大神が天地金乃神より受けられた、神の願いにも答えられるような信心生活をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

22分50秒、27分45秒くらいから11月10日の月例祭が入っています。